飛露喜 - 波乱万丈の誕生秘話を持つ会津を代表するお酒

今や全国区となった「飛露喜」。その誕生は決して楽なものではありませんでした。「飛露喜」を造る廣木酒造本店は江戸時代中期の文化文政年間に創業され、「泉川」という地元密着のお酒を代々造り続けてきた伝統ある酒蔵の一つです。しかし、杜氏の引退や先代の逝去が重なり廃業の危機に陥ります。そんな状態で蔵を継ぐことになった廣木健司さんは「最後になるなら好きな酒を作ろう。自分の子供達に親父はこういう仕事をしていたんだよと誇れる酒を作ろう」との覚悟で「飛露喜」を造り始めました。

その後、偶然受けることになったTV番組の取材をターニングポイントとし、荒々しく濃密な味わいの飛露喜は全国ブランドにまで成長します。当初は相次ぐ注文にラベルを印刷に回す余裕はなく、母親の浩江さんが一枚一枚、「飛露喜」と筆で手書きしていたそうです。

人気が広まっていきながらも、「飛露喜」の味は進化し続けていっています。初期の野武士のような荒々しい味は近年、濃密な透明感がありつつも、後味にふわっと甘みの残る味わいに少しずつ変化してきました。会津を代表する誰にでも好かれる日本酒が今の「飛露喜」というお酒です。